Keita's blog
2019,05,28
新しい豆が入ってきたらめちゃくちゃワクワクする。どんな香りがするんだろうどんな味わいなんだろう。僕はロースターなのでその新しい豆はどんな焙煎をすればどんな味になってどんな飲まれ方をするのかという事を四六時中考えている。新しい豆だから、これまでのやり方がドンピシャでハマることもあればこれまでのやり方だと全く手も足も出ず、全く違うアプローチを考えなければいけないこともある。そんな過程も楽しい。新しい豆は既存のメニューにも影響を及ぼす。今までになかった味わいならば、今までにあった味わいの豆が更に引き立つこともあるだろうし、併せて飲むとこれまで想像しなかった新しさに出会うこともあるだろう。食べものと合わせたりすると更に可能性は無限大だ。要は、未知だから楽しい。それを感じられるのが僕にとってはコーヒーだ。ただ時に、【未知】は敬遠される時がある。コーヒーにおける【酸味】。豆が本来持っている心地良い酸もあれば品質劣化によって起こる酸化による酸もある。どちらも、【酸味】として括られるのが一般的。その人がこれまで経験した酸味が心地良いものであれば酸味は好きだろうし不快なものであれば酸味は嫌いだろうし。ただ、不快なものが本来持っている豆による酸なのか品質劣化によって起こる酸なのか「知って」いなければ、コーヒーの酸味が好きか嫌いかという判断は出来ない。色んな種類の酸の質があってそれらを「知る」ことで初めて、好きか嫌いか判断出来る。品質劣化による酸は誰もが不快になるし嫌いだ。何が言いたいかと言うと、「知る」前の段階から「嫌い」と言ってしまうのは圧倒的な機会損失で、非常にもったいない。「嫌い」になってしまうと「知りたい」と思わないから、もしかしたらホントは知れば嫌いじゃない属性だったとしてももうどうしようもない。それが人間だと思う。「知らない」のは不安で、不安だから色んなことを自分で勝手に想像してしまう。不安はシンドイから嫌われる。だから、知らない=嫌いと短絡的に考えてしまいがち。想像力が豊かな人はそれに依存して「知らない」という事に気づいていないこともあったりする。これは人間関係に多い。未知を不安に感じるのではなく、僕が新しい豆に感じているように未知だからこそ楽しいと感じることが出来れば世の中もっと楽しくなるのになって思う。そして、まずは、知ろう。知る為のツールは今の時代いくらでも転がっている。